ルピシア グルマン通信1月号 Vol.89 ルピシア グルマン通信1月号 Vol.89
冬に嬉しい あったか料理 冬に嬉しい あったか料理

今月のテーマは寒い冬に体が温まる料理。選りすぐりのあったかメニューをお届け……するのですが、今回は趣向を凝らし、さらにサブテーマを「酒粕(さけかす)」としました。おいしい酒粕を求めて、料理人はある酒蔵へと向かいました。

北海道の酒造り

北海道で日本酒造りが始められたのは江戸時代、道南の松前(まつまえ)や江差(えさし)などで造られていたと伝わっています。やがて、時代は明治になり、本格的な酒造りが始まりました。明治5年(1872)、開拓使が置かれて間もない札幌で石川県出身の柴田與次右衛門(よじうえもん)が一軒の造り酒屋を開きます。当初はドブロクなどのにごり酒が主でしたが、この酒が評判を呼び、数年後には清酒造りに着手、着実に商売を広げていきます。この造り酒屋こそ、今日「千歳鶴」で知られる「日本清酒株式会社」の前身でした。

もともと寒冷な北海道の気候は酒造りに適したものでした。開拓が進むに連れ道内の人口が増加、日本酒の需要も伸び、明治30年代には道内に約200の蔵元があったといいます。第二次世界大戦で一時期停滞しますが、戦後、高度経済成長とともに北海道の酒造りもふたたび成長、昭和40年代にそのピークを迎えます。

しかし、昭和50年代に入ると急速なビールのシェア拡大、大手酒造メーカーの量産品の台頭により、道内の日本酒産業は大きく衰退、出荷量はピーク時の半分にまで落ち込み、蔵元の数も減ってしまいました。

平成4年(1992)、日本酒の級別制度が廃止されると日本酒造りにふたたび好機が訪れます。「地酒」を売りにする小さな酒蔵や吟醸酒などに注目が集まり、個性的な酒造りをする酒蔵が増え、日本酒は新しい時代を迎えました。

北海道の酒米

ところで、北海道の酒造りにおいて、原料となる米は本州産がほとんどでした。「北海道の米で北海道の酒を造る」、それは道内の蔵元の長年の悲願でした。その願いと米生産者の努力が実り、平成10年(1998)、初の道産酒米「初雫(はつしずく)」が誕生。その後、「吟風(ぎんぷう)」「彗星」の2大酒米が確立。さらに「きたしずく」が加わり、それら道産酒米を原料に道内の酒蔵の多くが上質な日本酒を醸造しています。

現在、北海道内で日本酒を製造している蔵元は12軒。規模こそ大小さまざまですが、いずれも個性豊かな酒造りでファンを広めています。最近ではそれぞれの地元でとれた酒米で造る、地元に根ざした酒造りが主流になりつつあります。国内外からの旅行者が多い北海道ですから、北海道ブランドの地酒にますます注目が集まっていくことでしょう。

ニセコの酒蔵

ニセコの玄関口のひとつ、JR倶知安(くっちゃん)駅から見上げる倶知安町旭ヶ丘スキー場から連なる丘陵の北の麓にある「二世古(にせこ)酒造」は大正5年(1916)に創業した歴史ある蔵元。現在、この酒蔵を切り盛りする水口渉さんは今から13年前、30歳になるのを契機にそれまで勤めていた会社を辞め、実家である酒蔵へ戻って来ました。

一から酒造りを学ぶ日々の中、それまで勤めていた販売業で培ったノウハウを活かし、自分の酒蔵を冷静に分析し始めます。

「当時の二世古酒造は道産酒米の使用は3割以下、地元の酒米はまったく使用していませんでした。北海道の酒米で造る日本酒が消費者に注目されているというのに……」と当時を振り返る水口さん。守るべきものは守り、変えるべきものは変える。水口さんは同世代の蔵元の造り手たちと情報を交換し、イベントに参加してはお客様の反応をダイレクトに感じながら試行錯誤を繰り返していきました。

微生物を相手にする日本酒造りは誰かの真似をしても同じというわけにはいきません。ワイン同様、年によっても味が変わります。それを理解し、楽しむ消費者が増えたと水口さんは言います。

現在、二世古酒造では100パーセント道産酒米を使用。その半分以上が地元倶知安町とニセコ町産。水口さんが目指した「地元の酒米で造る地酒」が見事に実現し、二世古酒造の日本酒はニセコを代表する地酒としてヴィラ ルピシアのレストランでも大人気です。

酒粕の新たな可能性

今回、二世古酒造に提供をお願いしたのは搾りたての酒粕。酒粕は日本酒の製造工程の最後にもろみを搾り、清酒と分離させた後に残る“搾りかす”のこと。しかし、この酒粕こそ栄養がぎっしり詰まった素晴らしい食品なのです。食べる物からしか摂取することができない9種類の必須アミノ酸を含み、原料である米と比較してビタミンB群を多く含んだ優れた食品。もちろん独特な風味や旨みは言うまでもありません。

「甘酒や粕汁と言った従来の“和”の使い方ではなく、新しい酒粕の使い方に挑戦します。フランス料理に例えればチーズなどの発酵食品の使い方に近いイメージでしょうか? 今回は僕にとっても大きなチャレンジですね」と語るヴィラ ルピシアの植松シェフ。二世古酒造の製造工程を見学しながら、レシピの構想に余念がありません。「今回は旨みのある吟醸系、この酒粕がいいでしょう」と水口さんが製造過程にある酒造タンクを教えてくれました。

さて、冬の食卓を彩る温かい煮込み料理と酒粕の新たな共演、植松シェフはどんな創造にチャレンジするのでしょうか? どうぞ皆さんご自身の舌でお確かめください!

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