ルピシア グルマン通信8月 Vol.101 ルピシア グルマン通信8月 Vol.101
小さな名優、豆 小さな名優、豆

今回のテーマ食材は「豆」。穀物類同様、豆類は人類が長年にわたり食用栽培してきた食材。私たち日本人にとっても馴染みが深く、味噌、醤油、豆腐、納豆など、豆の加工食品は日本の食卓に欠かすことができない存在です。

豆類は糖質、たんぱく質、ビタミン、ミネラルなどの栄養素をバランスよく含んでいるうえ、食物繊維やポリフェノールなども豊富。毎日の健康づくりに役立つ優れた食材として注目を集めています。皆さんも「畑のお肉」という言葉をご存じですよね。これはタンパク質が豊富な大豆のことを称したものです。

北海道の豆(大豆)栽培の歴史は室町時代にまで遡るそうですが、一般的な農家での栽培は明治初期、道南から始まりました。以来、多くの生産者や農場試験場関係者の努力で、北海道は日本最大の豆の生産地となりました。今日、北海道は日本の大豆生産の約4割、小豆生産の約9割を誇ります。中でも、ニセコのある後志(しりべし)地方は十勝(とかち)、上川(かみかわ)、網走(あばしり)などと並び、豆類の生産量が多い地域として知られています。

豆の生産地、ニセコ

この日、ヴィラ ルピシアの植松シェフが訪ねたのはニセコ町近藤(こんどう)地区の『久保(くぼ)農園』。こちらの久保正人(くぼまさと)さんは北海道開拓農家の3代目、お祖父様が福井県からニセコ町のお隣・真狩(まっかり)村に入植。その後、お父様の時代に狩太(かりぶと)町(現在のニセコ町)へ農地を広げました。現在、久保農園では豆類のほか、ジャガイモ、トマト、トウモロコシ、ブロッコリーなどを生産しています。

久保農園に到着すると、まさに畑を耕す作業の真っ最中。植松シェフが車から降り「こんにちはー!」と作業中の久保さんに声を掛けると、久保さんはトラクターから降りてきてくださいました。

「ウチで栽培している豆類は黒大豆が『祝黒(いわいくろ)』と『黒千石(くろせんごく)』。普通大豆が『豊娘(とよむすめ)』と納豆大豆。それに小豆も入れれば5種類。収穫量が一番多いのは『祝黒』です」。祝黒は黒大豆の中でも大粒で甘みが強いのが特徴。主に煮豆に用いられてきましたが、最近ではその甘さを生かして豆腐や納豆にも使われています。

『久保農園』では、毎年5月から6月上旬までに約40ヘクタールの畑に種蒔きをし、7月20日過ぎに花が咲きます。この時期に天候に恵まれると良い豆に育つのだとか。花の付け根にサヤができ、膨らんでいき、豆の粒はその中で生長していきます。やがてサヤが色づくと間もなく収穫。収穫は早くても10月10日ごろ。多くは雪が降る前、天気を見ながら、ギリギリまで待って、いっきに収穫します。

「雪に当たると水分が戻るのでいけません。『凍れ乾き(しばれかわき)』と言って、冷たい北風が吹くような日が最適です。黒大豆は育成に時間がかかるので、昔はこの辺りでは栽培できませんでした。それが可能になったのは機械で収穫できるようになったお陰です。その代わり『ニオ積み』は見られなくなりましたけど」

「ニオ積み」とは、収穫した大豆や小豆を枝ごと円筒形状に積み上げ、畑で自然乾燥させる独特の方法。畑にニオ積みが並ぶ光景は北海道の秋の風物詩だったそうです。

「他所様の豆を食べたことがないからわからないですけど(笑)。ニセコの豆は風味がいいって、よく言われますよ」と、久保さんは祝黒を愛おしそうに手に取り、こう答えてくださいました。

小粒で個性派の豆

「皆さん『好き!』っておっしゃるんですが、あまり積極的に召し上がらないんですよね、豆料理」と笑う植松シェフ。豆はなかなか手強い食材の一つだと言います。

「豆は世界中で食べられていますが、米や小麦と違い、糖質やデンプンが少ないため主食としてはあまり用いられない食材です。小さくて可愛らしいくせに、料理の中では意外に主張や存在感が強い」

豆は料理の中でもメイン素材=主役として据える機会はそう多くはありません。だからこそ、今回は豆のおいしさを再認識していただく機会にしたいと言う植松シェフ。

「味噌や醤油など、豆の加工食品が日本の食文化に深く根ざしていることには意味があると思います。僕自身がそうなのですが、豆って、食べるとしみじみとおいしい。やはり、日本人の味覚に訴える何かがあるんです」

植松シェフには豆を料理する際に留意していることがあると言います。
「僕が気をつけているのは水分。豆をおいしく食べていただくために水分はポイントになります。それと豆は油と合わせると旨い。脇役のようで主張が強い。ほかの食材の良いところを吸収しつつ、最後まで居座る(笑)。豆は気が抜けない、なかなかの役者ですよ」

久保さんの黒大豆、『祝黒』。直径わずか1c mにも満たない大きさながら、手のひらに載せるとずっしりとした重量感がありました。まさに中身がぎっしりと詰まっているという印象。さて、植松シェフはこの小さな名優にどんな演技をさせたのでしょうか。ぜひ豆料理の新しい魅力をお楽しみください。