ルピシアだより 2017年6月号
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お茶と養生 お茶と養生

季節の変わり目は、何かと体の不調を起こしがち。300年以上も読み継がれる国民的健康本「養生訓」に学びながら、不調の季節に負けない生活習慣とお茶選びのコツをご紹介します。

心と体の「巡り」がポイント

梅雨シーズンの6月。急激な気温や気圧の変化に、「何となくだるい」「元気が出ない」とお悩みの方も少なくないのでは? そんな時こそ見直したいのが日々の生活習慣です。江戸時代の儒学者、貝原益軒(かいばらえきけん)の「養生訓」には、季節の変わり目にも負けない体づくりの知恵が、たくさん詰まっているのをご存知でしょうか?

「養生訓」は、病気せずに長生きするための健康法を、益軒が実体験に基づいて記した本です。出版されたのは江戸時代半ばの1713年。当時の益軒は84歳で健康そのもの、しかも虫歯や抜けた歯は一本もないというから、その説得力は並大抵ではありません。

「養生」とは、より健康な体になるために毎日の生活を心がける東洋医学の考え方です。益軒いわく、養生は“変”に備える術。気候の変化や環境の変化、年齢の変化など、私たちには様々な変化がついて回ります。その“変”への調整力を高めていくのが、日々の養生というわけです。

東洋医学では、「気(=生命活動の基礎になるエネルギー)」「血(=主に血液)」「水(=血液以外の体液)」が、全身をスムーズに巡っている状態を健康と捉えます。「養生訓」の中でも、心と体の巡りを高める生活習慣が具体的に書かれています。ここからは、益軒が教える養生術と、それを助けるお茶選びのコツを見ていきましょう。

1.心を穏やかに保つ

病気とは、文字通り気を病むこと。だからこそ益軒は、「気を和らげ平らかに」することが、体の巡りを良くする養生の要だと述べています。怒りや欲を抑え、憂いや心配の種が少なくなるように努力する。そうすれば、大きな変化に直面した時でも穏やかに平常心を保つことができます。

そこで益軒が説くのが、深くゆっくりと呼吸を整えることの大切さ。また静かな部屋で香を焚くことも、優雅な世界へと誘い、心を養うのに役立つと言います。

「巡る」お茶のヒント
気分が落ち込んだり、イライラしたりした時は、お茶を飲んで深呼吸を。心を穏やかにしてくれるハーブティーや、好きな香りのフレーバードティーで緊張を解きほぐしましょう。アミノ酸の一種、テアニンを含む玉露抹茶もリラックスしたい時におすすめです。
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2.食事は腹八分目

「養生訓」では、「腹八分目」を繰り返し強調しています。「腹いっぱい食べると苦しく禍(わざわい)のもとになる。すこしの我慢であとの憂(うれ)いは生じない」。何だか自分に言われているようで、ドキッとした方も多いのでは?

塩分の摂りすぎや胃腸に負担のかかる食べ物を避け、腹八分目を心がけながら旬の食材をバランスよく食べる。これが益軒の実践した長生きの食事です。

さらに益軒は、「食事のあとに熱い茶を少し飲んで食物を消化させ、渇きをいやすのがよい」と書いています。また、食後はお茶で口をすすぐと口の中が爽やかになり、虫歯予防になるとも。虫歯や抜けた歯は1本もなかったという益軒ですが、お茶の持つ力を経験的に感じていたのかもしれませんね。

「巡る」お茶のヒント
胃腸が冷えると消化の働きが悪くなるので、食後は温かいお茶が◎。生姜入りの紅茶は体を温めてくれます。また、口の中をさっぱりさせたい時はきりっとした渋みのある緑茶、脂っこい食事の時には烏龍茶もおすすめです。
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3.睡眠は量より質

早寝、早起き。これも益軒が口を酸っぱく言っていることです。「長く眠っていると、気の循環が悪くなる。とくに食後、飲食の消化していないのに臥(ふ)してしまうと、食気をふさいで大いに元気をそこなう」。もちろん、夜更かしも厳禁。午後11時〜午前0時の間くらいまでに寝ないと、高ぶった精神が鎮まらず、良質な睡眠が得られないとしています。

「巡る」お茶のヒント
寝る前はノンカフェインのハーブティーローカフェインティーが安心。特にカモミールは快眠を助けるハーブとして有名です。朝の眠気覚ましには、カフェインを多く含む抹茶玉露がおすすめです。
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4.こまめに体を動かす

軽い運動を習慣づけることも、大切な養生の一つです。益軒は、室内の用事も使用人にやらせてばかりいないで、出来る限り自分の体を動かすようにと指南。また、食後には軽い散歩をすすめていいます。

実際、運動して汗をかくと血行が良くなり、体内の老廃物を排出する効果もあります。とはいえ、自分の体力に見合わない無理な運動は禁物。「動も静も度をすごすといけない」と付け加えることも忘れていません。

「巡る」お茶のヒント
運動すると汗をかくので、水分補給を忘れずに。運動時のお茶には、ノンカフェインのルイボス麦茶がおすすめです。お茶1リットルに対して砂糖40g、塩3gを入れれば、スポーツドリンクを手作りすることもできますよ。
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貝原益軒ってどんな人?
■病弱だった幼少期

85歳まで生きた貝原益軒ですが、意外にも子どもの頃は病気がちで、長生きできないと言われていたそうです。幼少期から死が身近だったからこそ、自らを律して養生を心がけ、亡くなる直前まで著作にも励めたのでしょう。

たとえ財産が多くても、健康で天寿を全うできなければ人生を十分に楽しめません。健康を保つには、心は穏やかに体はよく動かすこと。そんな術(すべ)を伝えようと、84歳の時に「養生訓」を残しました。


■自ら試し、事実を観察

益軒の代表作「大和本草(やまとほんぞう)」には、茶について多く書かれています。驚くのは、その既成概念に捉われない目線。事実を客観的に観察し、日本人に適した紹介を試みる姿勢はとても近代的です。

例えば、中国古典「本草綱目」は茶の害を説いていましたが、益軒はそれをうのみにせず、「朝夕飲んで害の無い人も多い」と論じました。おいしい飲み方を自ら試し、茶の長所も述べています。

また、「茶礼口訣(ちゃれいこうけつ)」という書では、茶の湯の作法も細かく記しました。当時の武家社会では、茶道の心得は必須。宴席で恥をかかないようにという益軒の心遣いです。

誰もが人生を楽しみ、天寿を全うしてほしい。そのためにどう生きるかを伝授したい。そんな願いが伝わるからこそ、益軒の本は300年愛され続けているのでしょう。

現代の西洋医学から見た「養生訓」
■科学的根拠のないものも!?

「養生訓」の中には、今も通じる教えもあれば、正直言って科学的根拠に乏しいものもあります。例えば益軒は、「脂の多い魚は食べるな」と言いますが、魚油に多く含まれるn-3系多価不飽和脂肪酸(EPA、DHA)には、動脈硬化の予防効果があるので、今では積極的な摂取を勧めています。

一方で、益軒の説く「早寝早起き」「腹八分目」「適度な運動」などは、もちろん今も健康を維持するための大前提です。


■過食は血糖値異常のもと

益軒は「過食」を殊更に咎めていますが、これは面白い指摘です。糖尿病の世界で今問題になっているのは、血糖値の急激な上下。大食いや早食いをすると血糖値が急激に上がるので、それを下げるためにインシュリンが大量に出ます。すると今度は血糖値が急激に下がり過ぎて、結果として低血糖状態を起こしてしまうことがあるんです。ですから食事は一度に多く食べず、きちんと何回かに分けた方が良いんですね。


■何事も「中を守る」が大事

お茶はカテキンやビタミンCが豊富なので、健康に良いのは間違いありません。集中したい時など、お茶を飲んでカフェインを摂取するのも良いでしょう。日本人の食生活は塩分が多くなりがちなので、お茶の利尿作用で余分なナトリウムを排出する効果も期待できるでしょう。ただ、極端に水分ばかり摂りすぎると低浸透圧性脱水を招くことがあります。それこそ益軒の言うように、何事も過不足なく「中を守る」ことが大切ですね。