ルピシアだより 2020年6月号
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日本茶の原点 宇治 日本茶の原点 宇治

明るく鮮やかな緑色の茶葉、長い伝統に培われた深い香り、上品な甘みと旨み。「宇治茶」は良質で豊かな味わいを発信し続け、日本の茶文化を牽引してきました。今月は、待ちに待った旬を迎える宇治茶についてご紹介します。

宇治茶800年の歴史

宇治川の清流が南北に流れ、平安貴族の別荘地として拓けた宇治。そんな宇治のお茶の歴史の始まりは、約800年前の鎌倉時代初期のことです。宋からチャノキの種を持ち帰った栄西禅師が、京都・栂尾高山寺(とがのおこうさんじ)の明恵(みょうえ)上人に種を贈ったとされます。そして、明恵上人により茶の栽培方法が伝えられたのが宇治茶の始まりとされています。室町時代には三代将軍足利義満が宇治に七つの茶園(七茗園)を開き珍重、茶の栽培を推奨しました。江戸時代には、毎年幕府に宇治茶を献上する「御茶壷道中(おちゃつぼどうちゅう)」が制度化。江戸からやって来た茶壷付添人が、旬を迎えた宇治茶を詰めた壷を将軍のもとへと運びます。この宇治茶の上納は約250年もの間続きました。このように、宇治茶は茶の湯文化の隆盛とともに時の権力者から手厚い庇護を受けながら、ブランド茶としての地位を確立しました。明治時代後期には、国内市場開拓へと展開し、一般家庭に生活文化としてのお茶を根付かせ、その名声を確固たるものにしました。

現代の日本茶の故郷

宇治のお茶の歴史は、日本茶の生産技術の歴史でもあります。16世紀後半には、茶畑にワラなどをかけて直射日光を当てずに新芽を育てる「覆下栽培(おおいしたさいばい)」が開発され、日本独自の抹茶文化が誕生。17世紀には、中国出身の禅僧・隠元(いんげん)により、釜炒り茶(煎茶)の製法がもたらされます。18世紀には宇治で茶の製造業をしていた永谷宗円が、茶を手揉みしながら乾燥させる「青製煎茶製法」(宇治製法)を発案。色、形、香、味が優れた日本固有の蒸し製法の煎茶が登場します。この革新的な技術は、日本全国に広がり、現在の日本茶の主流製法となりました。その後覆下栽培で育てた抹茶用の茶葉を宇治製法で加工した高級煎茶(玉露)が生み出されます。宇治茶は、奥深い日本茶の伝統的な生産技術のルーツでもあり、今なお最高級の茶産地としての信頼を保ち続けています。

茶師に聞く「宇治茶」 茶師に聞く「宇治茶」

日本茶文化を育んだ伝統ある宇治茶。半世紀以上にわたり宇治の茶葉を選定する茶師・森田治秀さんにお話をうかがいました。

――茶葉を選ぶ時のポイントはありますか?

僕の茶葉選びの基本は「香り」。テイスティングの時は、飲む前にまず鼻でお茶の特徴をつかむ。繊細な違いを言葉にするのは難しいけれど、例えば宇治茶なら「甘い余韻」といった風に。その感覚が口に含んだ時と同じなら間違いなくうまいと確信します。その本質に気が付いたのは18歳の時かな。当時、食事もとらずにお茶の飲み比べに没頭したら、胃潰瘍になってしばらくお茶が飲めない時期があって……。だから香りだけでお茶を比べていたら、1年でお茶の見極めを競う全国大会で優勝しちゃって(笑)。それ以来、50年以上嗅覚を頼りにしています。

――宇治のお茶の魅力は何ですか?

生産者の丁寧な仕事が伝わることです。お茶作りに適した土壌や気候条件に恵まれながら、市内の茶園面積の規模は小さい。だからこそ生産者の個性を感じられるのが良い。あと、茶葉は細くてきれいだとイメージされるが、宇治の茶葉は実は太い。これは、収穫時期が遅い分、養分をたっぷり吸って旨みが凝縮されているから。新茶の時期は「その年一番の味」に出会うまで辛抱強く待っています。

――宇治茶を通じて伝えたい思いは何ですか?

おいしいお茶は値段でも周りの評価でもなく「お茶が語る」。仕入れ時期に体重が減るほど真剣に選んだお茶は、幅広い世代の方に自信をもっておすすめできます。茶葉からお茶をいれる機会が減っているが、まずはハードルを上げずに気軽に楽しんでもらいたい。伝統あるお茶こそ、これからはより多くの人に愛されてほしい。今年は不安なこともあるけれど、皆さんと一緒に宇治茶、そして日本茶の未来を盛り上げたいです。

今こそ「日本緑茶」で元気に! 今こそ「日本緑茶」で元気に!

お茶は古くから体に良い飲み物として重宝されてきました。お茶発祥の地、中国では「神農」という神様がお茶を毒消しの薬として使っていたという伝説があります。また、日本にお茶を飲む習慣を広めた禅僧・栄西は自書の中で、お茶を「延齢の妙薬、養生の仙薬」と唱えています。

疲れやストレスなど、様々な要因で低下してしまう免疫力。体調が万全でないと病原体に対するバリアも弱まり、不安な気持ちになってしまうことも多いですよね。緑茶に含まれているカテキンやテアニン、ビタミンCなどは免疫力を高める働きがあることで知られています。小学生を対象とした疫学調査では、1日に1〜5杯の緑茶を飲む習慣のある児童が、1日1杯以下の場合と比べてインフルエンザの発症が少ないという結果に。緑茶に含まれるカテキンの一種が、病原体の侵入を防ぐ免疫システムの働きを助けるとされています。

また、緑茶の旨み成分であるテアニンは、高いリラックス効果があることが知られています。今回、取材をした茶師・森田さんも「家で過ごすことが増えた今だからこそ、宇治茶などおいしいお茶を急須でゆっくりいれて家族団らんを楽しんでほしい」と語ります。笑って過ごすことも免疫力を高める秘訣。旬を迎えたおいしい緑茶を飲んで、会話が弾めば自然と笑顔も広がります!

<参考文献>
『知らなきゃソンするお茶のこと 10のひみつ お茶の効用を科学する』(2012 茶学術研究会編)