ルピシアだより 2020年3月号
この特集は、ルピシアだより2020年3月号に掲載した内容です。ルピシアだよりとは?
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和の伝統文様

私たちの暮らしを飾る、日本ならではの伝統文様。どのように生まれ、育まれてきたのでしょうか。今日のデザインに至るまでの、その長い旅路を辿ります。

和の伝統文様

点と線からデザインへ

人間は本能的に、白い壁や何も無い空間の中では落ち着かず、壁面や空間を積極的に装飾で埋めようとします。これは私たちの遥か遠い祖先が、呪術的な祈りを込めた文様を描くことで、心に湧き起こる不安や怖れを静めていた名残なのだそうです。

文様の歴史を遡ると、その始まりは縄文〜古墳時代に生まれた粒状、平行線状、渦巻き状などの抽象的な幾何学文様でした。しかし、偶発的に発生した直線や曲線を組み合わせていたため、この頃はまだ文様を美術的・芸術的な感覚では捉えていません。一説によると、かの縄文土器の縄目も偶然撚(よ)り糸が当たったもので、初めはデザインとして意図されていなかったようです。それでも、偶然生まれた点と点は線になり、面になり、数々の種類の文様が創り出されていきます。

奈良〜平安時代には、植物や動物などをかたどった具体的な文様が生まれました。日本ならではの四季の移ろいが草花をいとおしむ感性を育て、身の回りの美しい景色が文様へと変換されます。春夏秋冬の自然の歓(よろこ)びを表現した文様は、様々な道具に写し出されました。目で見て楽しむことを目的とした、装飾文様の誕生です。そこからさらに、春の霞、秋の月など、文様と文様を組み合わせ、装飾物としての幅が広がっていきました。

込められた幸せへの祈り

デザインとして文様を認識するようになったのち、人々は自分の家柄や名字を表すのに紋様、つまり家紋を使い始めます。鎌倉時代には家紋が広く普及したため、敵と味方を区別するための分かりやすい記号である必要がありました。そのため、文様は視覚言語へと発達し、装飾性と象徴性の両面を持つデザインへと変換されていったのです。

忌みごとや穢(けが)れを払うため、文様は平和や幸せを象徴する縁起物としても浸透していきます。こうして今日まで吉祥文様は世代を超え親しまれてきました。

現在、私たちの身の回りにあふれ、普段何気なく目にしている様々なデザインも、改めて見てみると伝統文様が多く使われていることに気づかされます。文様の成り立ちや、その形に込められた意味を知っていると、デザインの面白さを再発見できるかもしれません。

ルピシアのお茶はこれまで、おいしさにこだわるのと同様、パッケージにも意匠や遊び心を散りばめてきました。この春咲き揃った桜のお茶も、見て、飲んで、お楽しみいただけたらと願っています。

奥深き紋様の世界 奥深き紋様の世界

2020年の「桜のお茶」を飾るデザインは、日本古来の伝統工芸である優美な京西陣織、小粋な江戸千代紙をモチーフにしています。デザインに彩りを添える伝統文様について紐解いてみましょう。

桜(さくら)

古くから愛されてきた日本の象徴、桜。寒い冬を越え咲き誇る圧巻の佇まいは、春の歓びをもたらします。そんな桜の文様は幸先の良い「物事のはじまり」を意味します。咲き方によってその年の穀物の実りを占っていた背景から、「五穀豊穣」を表す縁起の良い謂(いわ)れも。

流水(りゅうすい)

文様の中でも少し特殊なのが、この流水文。絶えず留まることなく一瞬で消えてしまう様子を形にした、数少ない文様の一つです。流れる水は濁らず常に清らかであること、苦難や災厄を流し去ることから、吉祥文様の代表として挙げられます。
 水に恵まれた日本では、流水が草花や風景とともに描かれることが多く、文様と文様を掛け合わせて使うこともしばしば。流水に桜が浮かぶ文様は「桜川」とも呼ばれ、「物事のはじまりが絶えない=おめでたいことが続く」ことを表します。

青海波(せいがいは)

平安時代の舞楽「青海波」の衣装に波紋があったことが名前の由来。広大な海で無限に広がる波は未来永劫に続く幸せと、平穏な暮らしへの願いが込められています。

鹿の子(かのこ)

絞り染めの染色技法から生まれた文様。鹿の背中に現れる斑点に似ているため名付けられました。鹿は神様の使いであるといわれ、子孫繁栄の意味を持つ縁起の良い文様です。

七宝(しっぽう)

七宝とは仏典に登場する七種の宝のこと。円形が永遠に連鎖し繋がる柄は、ご縁や円満、調和を表し、人と人との繋がりは七宝ほどの価値があるとされ名付けられました。

矢絣(やがすり)

矢羽根を並べたような絣(かすり)(=着物の柄)を表した文様。一度射た矢はまっすぐに進み戻らないことから、「出戻らない」の意味を込め、嫁入り支度の着物などに使われます。最近では学生の卒業袴の柄として多く見られるようになりました。

市松(いちまつ)

江戸時代中期の歌舞伎役者、佐野川市松がこの文様の袴を着ていたことから名付けられました。碁盤目状の格子が途切れることなく続く柄は、繁栄や事業拡大を意味します。
 今年開催される東京五輪のエンブレムにも、この市松文様が使用されていることで話題になりました。

<参考文献>
『日本の装飾と文様』(海野弘 著/パイ インターナショナル)、『日本の文様』(コロナ・ブックス編集部/平凡社)