ルピシア グルマン通信8月 Vol.112 ルピシア グルマン通信8月 Vol.112
夏の健康と食事 〜対談 料理と漢方の共通点〜 夏の健康と食事 〜対談 料理と漢方の共通点〜

夏のニセコはおいしい夏野菜の宝庫。夏の体と食事の関係を掘り下げるため、漢方や生薬のプロフェッショナル・中村峰夫さんを訪ねたルピシア グルマンの植松シェフ。気持ちの良い風が吹き抜ける余市にある、中村さんの薬草園での対談となりました。

夏に野菜がおいしい訳

植松シェフ:今日は中村先生に夏の野菜と食事について、漢方的な見地からお話を伺いたいと思い、お邪魔しました。どうぞよろしくお願いします。

中村さん:こちらこそ。基本的に季節ごとの野菜、そして人間も自然との関係の中にあります。夏野菜の力をいただくことで暑い夏を乗り切るのは、極々自然なことです。たとえば、夏においしいナス科の野菜。おいしいだけでなく、体の内熱を下げ、脱水症状にならぬよう、水分補給の役割も果たしてくれます。同様に果物の酸味は発汗や喉の渇きを抑え、体液の流れを整えてくれるのです。

植松シェフ:体が自然に夏野菜を欲するということですか?

中村さん:はい。野生動物同様、人がその食物を欲するのは、頭で考えてではなく、匂いや味に由来します。今の自分に必要なもの、それはリアルタイムに変わりますが、そうして欲したものをおいしく感じるようになっているのです。

植松シェフ:一方、トンカツの需要が一番高まるのも真夏という説がありますが(笑)。

中村さん:それは夏場、摂取する食材にタンパク質が不足しがちだからでしょう。タンパク質は秋以降の食材に多く含まれます。不足しがちなタンパク質を補うため、トンカツをおいしく感じると考えられますね。

夏の体

植松シェフ:漢方的には夏の体はどのような状態なのでしょうか?

中村さん:漢方医学の基本「五行説」で考えれば「土用」に当たります。土用とは、消化器系を休めなさいということ。たとえば、農家さんは土用の前後は仕事を休みます。「土に用いる」すなわち、土のエネルギーも変換する時期と考えられていて、そうした時期は人も植物もあまりいじると良い結果につながりません。ですから、あっさりした消化の良いものを摂りましょうということが、夏の基本ルールです。ところで、シェフは夏のメニューをどのように組み立てていらっしゃいますか?

植松シェフ:夏はシンプルに「旬」を一番に考えます。夏は旬の食材がとても豊富です。特にニセコの場合、探さなくても目の前にたくさんあるんです(笑)。それと香りを重要視しますね。

中村さん:そうそう、香りは重要ですね。

植松シェフ:たとえば、ナスは一年中手に入りますが、やはり夏のほうがナスらしい香りが強い。ですから、夏野菜を使うと、自ずと夏らしい料理が出来上がります。それと色。夏野菜は自然の色がきれいです。旬の素材が出している色に、人は自然と食欲がわくのではないかと思います。

中村さん:野菜も夏の暑い最中(さなか)に必死に生き延びています。そのとき、人間にとって有益になる物質や栄養成分を作り出します。その中のひとつが匂いの素です。畑でもぎたてのキュウリをパキッと割った時の匂い。あれは植物が出している匂いです。植物は暑ければ暑いなりに、必要なものを作り出す。それを人間が食べておいしく感じるのです。

植松シェフ:ところで、夏バテというか、夏に食欲が落ちるという方がいらっしゃいますが。

中村さん:そうですね、現代は冷房の効き過ぎでホルモンや自律神経のバランスが狂いやすく、体調を崩す方が多い。それを調整するためにも、辛いものを欲する方が増えていると思います。辛いものは体を温め、自律神経を刺激してくれます。そうして体をリセットするのです。

ハスカップに秘められた力

植松シェフ:中村先生は「ハスカップ大使」を務めていらっしゃいますね。

中村さん:漢方的に、ハスカップのようなスイカズラ科の植物は感染予防に関連があるといわれます。10年ほど前、今後は感染症対策がより重要になると言われ始めました。薬の歴史は自然界の植物から見つけられたものが多い。ハスカップの有効性は未知数でしたが、調べるうちに凄いパワーを秘めていると感じました。私はハスカップに対し、地域限定の伝統野菜のように捉えています。漢方などで重要な植物として伝えられてきたことにも、なにかしらの理由があるはずです。

植松シェフ:今回、僕もハスカップのメニューに挑戦しています。

中村さん:ハスカップの酸味は、食欲がちょっと落ちた時など、夏にはとても良いものだと思います。事前に見せていただいたメニューから察すると、消化器系に負担をかけずに、スッと体になじむような料理が多いなと感じました。年配の方でも食べやすいというか、さすが考えられた夏の料理だなと感動しました。

水を食べる

植松シェフ:夏野菜は驚くほど成長が早い。それと夏野菜はほとんど水でできている感覚があります。夏の料理は「お水に付いた色や香りをどう表現するか」というイメージを持っています。

中村さん:その通りです。北海道で採れた野菜には北海道の水が詰め込まれています。極端な言い方をすれば、ニセコの野菜で作った料理なら、ニセコの水も一緒にお届けしているようなものだと言えるでしょう。その土地の水を野菜を通じて食べる。その地域特有の野菜を食べて、その土地を感じてほしいですね。

植松シェフ:羊蹄山麓の水で育った野菜を羊蹄山麓の水で料理するのですから、とても贅沢なことですよね。ニセコにキッチンがある最大のメリットだと思っています。

中村さん:ですから世界中からニセコに人が集まってくるのは、ある意味、必然なんです。水があり、山があり、海も近い。人が暮らすのに最高の条件が揃っている。そこで料理ができるって、植松シェフは本当に幸せですよ!